日本全国、数々の企業で心の熱量をあげるトレーニングが賞賛されている張替一真氏。
ブレることなく、競争社会を生き抜き、未来の可能性を広げるために。
張替氏が生み出した独自のメソッドは、彼自身の壮絶なライフストーリの中から生まれたものだった。

株式会社あきらめない
代表取締役

張替 一真

 私の人生は逆境の連続でした。中学時代に壮絶ないじめを受け、人が信じられなくなり、外の世界との関係性を立つことで自分を守ってきた学生時代。そんな暗闇の世界からどう抜け出して、陽の当たるステージにまで這い上がってきたのか。自分の人生を必死に考えてきた「あきらめないノウハウ」が、当社の研修・トレーニングには大きく反映されています。
 リストラにあった父親がフルコミッション(完全出来高制)の営業を始めたことで感じた「人は怠けてしまう生き物」という認識。予備校に通うために利用した「新聞奨学生」で培われた忍耐力と、目標を見失わない大切さ。偏差値を32から76までアップさせ、有名私立大学の合格を勝ち取ったロジック。東証一部上場のコンサルタント会社に入社し、「言い訳の天才」とまで呼ばれたサボり癖のある私が、トップ営業マンに昇りつめるまでに取り組んできたこと。独立後の「あきらめない」という社名に込められた決意。そんな私の今までの人生の全てが、当社のトレーニングには込められています。
 経営者や社会人の皆さんが、この日本の競争社会を生き抜き、逆境をこえた先にある輝かしい未来を実現していくために、人生を自分で変えていけるメソッドが、ここにあります。


「人は簡単に他人の人生を傷つける」

茨城県の片田舎で生まれ育った張替氏は、「小学生の頃はスポーツ万能、勉強もできて、誰とでも明るく接するスーパー小学生でした」と照れながら語る。その順風満帆な人生が突然、崩れ落ちてしまったのは中学生のときだった。ある日、妹がいじめられていることを知り、「やめてくれ」と直談判をしに行った。「自分では正しいことをやっているつもりだったんですけどね」と張替氏。後日、この行動がきっかけとなって不良たちのグループから、筆舌に尽くし難い暴力を受けることになる。手を抑えていた1人は彼の友人だった。その後も執拗ないじめが続いたが、担任の先生は見て見ぬふり。その体験が張替氏に大きなトラウマを残すことになった。

「人間不信の日々」

正しいことをやっても意味がない。彼は人とコミュニケーションを取ることができなくなり、自分の世界に閉じこもった。さらに追い打ちをかけるかのように、家庭でも大きな問題が起きた。父親がリストラにあったのだ。勤務時間も行動も自由な身になった途端、父親は家にいる時間が長くなる。そこに張替氏がかつて抱いた威厳のある父親像はなかった。「人間って甘えてしまう生き物だってことが、よくわかりました。」


「上場企業にも"安定"はなかった」

大学の就職活動では、「上場一部企業ならどこでもよかった」という張替氏。内定をもらった会社がどんな事業をしていて、何の仕事をするのか、ほとんど分かっていなかったという。「あの当時は、斜に構えていて、プライドだけが高い、いやな若者でした」と彼は笑う。上場一部企業のコンサルティング会社に就職した張替氏だが、会社の業績の不振から、150人のリストラの命が下され、約半年で900人もの社員が会社から離れていった。

「グチばかり、サボってばかりの営業マン」

沈み行く船のような企業にコンサルティングを任せてくれるような企業はなく、彼は、頑張ることに無力感を覚え、営業をサボるようになる。いつしか「できない理由をもっともらしく述べる言い訳の天才」と言われるようになっていた。ある時、彼はただ誰かから必要とされたい一心で、子会社の社長に辞職を申し入れた。返事は無情にも「辞めていいよ」。張替氏のなかでスイッチが押された瞬間だった。彼はその場で大粒の涙を流し、今の自分を本気で何とかしたい、ということを赤裸々に告白し始めた。

「プライドを捨て、何かが変わった」

張替氏の告白を聞いた子会社の社長は「とにかく3ヶ月だけ頑張ってみろ。人として当たり前のことをやれ」と告げた。そこから彼は、「張替の10カ条の掟」というものを作ることになる。人として当たり前のこと。朝6時に起きる、挨拶をするなど、シンプルな掟を10項目設定し毎日実践していった。項目の内容は単純なものだったが、自信を喪失していた彼にとって、○が増えていくことは大きな喜びだった。徐々にやる気も湧いてきて、シンプルなことを習慣化させることで行動が変わり、結果的に張替氏はひと月で売り上げを2倍に伸ばすことができた。

「先人のノウハウを自分のものに」

さらに成果を出すために、すでに成果を上げている先輩社員に自分からアドバイスを聞きに行くこともあった。しかし返ってきたのは「俺みたいにやれ」「お客さんと仲良くなれ」「難破してみろ」という中身のない言葉ばかり。「それが出来ないから苦労しているんですけどね」と張替氏。そこで彼は、先輩に同行して営業トークを全て録音した。そしてテープ起こしをしながら内容を分析する。すると、ある発見があった。成果を上げているすべてのトークには、巨移す売る法則があることを見出したのだ。張替氏はそのノウハウを忠実に守って、自分の営業術に取り込み実践していった。すると驚くように営業成績が伸びていき、周りの社員に比べて3~4倍の営業成績を残すことになった。自分なりのやり方に固執するのでなく、成果を上げている先駆者のノウハウを取り入れて実践すること。それが見事に営業活動でも役に立ったのだ。


「覚悟を決めた瞬間、すべてが動き出す」

そして覚悟を決め法人として動き出す決意をする。社名は「株式会社あきらめない」。諦めやすい自分への戒めの意味も込められていた。これで簡単には後戻りできない。彼は自分を追い込み、もう一度コンサルティングの世界に挑戦していく。最初は3~4名の参加者しかいないセミナーからのスタートだった。しかし、彼の人生経験の中から生まれた「社会を生き抜くメソッド」は、数多くの成果を残していき、多くの企業の共感を得ることになった。会社設立から4期目。コンサルティング業界では撤退する企業が約8割という過酷な競争のなか、「株式会社あきらめない」は順調に業績を伸ばし続けている。2017年2月には、張替氏の初の書籍「ストック営業塾」も白夜書房から出版される。

「実践者であり、先導者でありたい」

「今までいろいろなことがありましたが、それを耐え忍ぶことで『辛抱』が『心棒』になったのだと思います。過去は変えることはできないけれど、過去の見方を変えることはできる。自分の心に確固たる棒を通していくことで、ブレない生き方につながったのだと思います」と張替氏。過去のトラウマをただ不幸と嘆くのではなく、それを糧に変えていくこと。「こんな自分でも、諦めなかったことで人生が開けた。自分の可能性というのはいつだって大きく広げていくことができるんです。その道筋と行動計画を多くの人に提示していくことで、希望の光や、愛情、信頼を届けていきたい」と語る張替氏。過酷な状況を経て、自分の人生を成功という道に導いた張替氏の「あきらめないメソッド」。そこには、多くの企業と社会人がこれからの時代を生き抜いていく貴重なヒントがある。

contact
研修、セミナーについてのお問い合わせはこちらから。

ブレることなく、競争社会を生き抜き、未来の可能性を広げるために。
人生を自分で変えていけるメソッドが、ここにあります。
contact